地獄界の夢

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zoom RSS ニュース解釈 持論暴論(169) 太田光の戦争観は歪んでいるよ

<<   作成日時 : 2010/08/28 00:49   >>

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皆様こんばんは。今回は、ニュースではありませんが本日最終回を迎えた太田総理が興味深い議論をしていたので、そこから戦争の善悪と是非について考えていきます。

太田総理が最後にどうしてもやっておきたかったテーマが「正義の戦争」だったとかで、自民党の石破氏と激論を戦わせていました。
しかし、太田総理の戦争観はちょっと奇妙なものだったのです。

太田総理は、戦争に正義なんてないと言います。
その理由は、「ボコボコ人が死ぬから」だそうで。
例えばイラク戦争。
(結果的に大量破壊兵器はなかったので)間違った理由で始めたイラク戦争は(結果的に大勢民間人が死んだから)間違いだった。
日本政府はあんなもの支持するべきではなかった、と言います。
その上で、民間人がボコボコ死ぬ戦争ではなく、隠密裏にフセインだけを暗殺すれば良かったのだと言います。

まるで意味がわかりません。
暗殺は良くて戦争は駄目という理屈は、どこから出てくるのでしょう?
暗殺は犯罪ですが、戦争は外交手段です。
同じ人殺しでも、その性質はまるで違います。
確かに、大量破壊兵器が存在する確たる証拠も、それがアメリカに向く予想もないまま開戦に踏み切ったブッシュ前大統領は、極度の被害妄想としか言いようがありません。
その妄想による戦争なのだから、イラク戦争は正義がないと言われても当然です。
しかし、それでも戦争は、国家と国家が(たとえ像とアリほどの実力差があろうとも)武力をぶつけ合うと表明しあった以上、一応は承認された暴力なのです。
これが、承認されない暴力である暗殺とは違うところです。

人が死ぬから戦争はダメ、では戦争の正義は判別できません。
人が死なない、ロボット同士による代理戦争なら、戦争はしても良いのですか?
あるいは、人さえ死ななければ、例えばサッカー代表戦か何かで勝った側が負けた側を占領統治しても良い、という話なのでしょうか?
太田総理はしきりに、石破氏の「例えば北朝鮮がミサイルを撃ってきたら応戦せざるを得ない。そういう自衛戦争なら正義と呼べる」という主張を本質を捉えていないと批判していましたが、本質を捉えていないのは命を物差しに使う太田総理のほうです。
太田総理の主張に沿って考えれば、日本が北朝鮮相手に自衛戦争するのはダメだが、特殊部隊で総書記を暗殺するのは構わない、むしろそれが最上の策だということになってしまいます。
大量に人が死ぬ戦争さえ回避できるならどんな犯罪行為でも許される――本当にそうでしょうか?


戦争には、善悪と是非という異なる物差しがあるのです。
もし仮に戦争に正義というものがあるのなら、それは善良な理由を持ち是認された戦争だけでしょう。
逆に邪悪な戦争とは、悪しき理由を持ち否認された戦争ということになります。
しかし大半の戦争は、アメリカのように正義を振りかざしても容認されない戦争か、かつての大東亜戦争のように正義はないが国益上やらざるを得なかった戦争のどちらかです。
故に善悪判別し難いのです。
それを「戦争」というスケールの大きなもので考えるから、太田総理のような勘違いが生まれるのです。

世界を、出口のない部屋と考えてください。
部屋にはテーブルがあって、そこにあなたと、相手が座っています。
テーブルには、パンが一つ。
そのパンを取り合うのが、言ってみれば外交です。

最初のうちは、お互い分け合って食べるでしょう。
しかし、パンが補充されるのは一日に一個。
すぐにお互い空腹になります。
そんな日が一日過ぎ、二日過ぎ……さああなたならどうしますか?

自分一人なら、奪い合うくらいなら飢え死にしても良いと思うかもしれません。
では、お互い、愛する人間が隣にいるとしましょう。
パンがなければ、自分はもとより愛する人も飢え死にしてしまう……さあ、どうしますか?

自分たちが生き延びるために相手を亡き者にする、それを正義と呼べるかどうかは私には何とも言えません。
しかし、やらなければ愛する人が飢え死にしてしまうのです。
このように、やりたくなくともやらざるを得ないこともあるのが、戦争というものです。


また、番組中では太田総理は、政治家は脅威ばかりを煽って北朝鮮と戦争しない方法を語らないと非難します。
でも、それも間違いです。
世の中には、話の通じない相手というのもいます。
話し合いでどうにもならないなら、最後は腕力になるのも仕方ないでしょう。
それとも、自分が腕力に屈服させられるのを、ただ座して待ちますか?
太田総理の論理に従えば、人が大勢死ぬ戦争を回避するために、北朝鮮が戦争をちらつかせてきたら日本は全て相手の言うことを丸呑みにしなければなりません。
それが果たして戦争をしないことよりも価値あることなのでしょうか?

もう一つ、これは太田総理だけでなく、同じく出演していたテリー伊藤氏などもそうなのですが、現在の人間がイラク戦争当時を振り返って、結局大量破壊兵器はなかったんだからあの戦争を支持したことは間違いだったと言うのは卑怯以外の何者でもありません。
未来の人間が遡って論評するのは簡単です。
でもそれは卑怯な主張です。
あの当時知り得たことには限界があり、その上で下した判断が間違っていただけのことです。
正義がないものは断固反対するべきだったという主張も、結果的に平和な今の日本だから言えていることです。
もしあの当時アメリカを支持せず、日米同盟に亀裂が入り、日本が北朝鮮の攻撃を受けていたなら、とても「日米同盟の為に正義を曲げるべきではない」などと言ってはいられないでしょう。
その可能性があるからこそ、あの小泉首相(当時)の判断は「正しいとは思わないがやむをえないもの」と受け止められたのです。
太田総理らのような主張を展開するためには、日本単独である程度の自主防衛する覚悟と軍備が必要です。
その覚悟は、おありか?
(多分、太田総理自身にはそこまで踏み込んだ考えがあるのかもしれませんが、同様の主張をする全ての人間、例えば福島みずほなどがその覚悟を持っているとは思えません)

無論、私はアメリカにお追従をしろと言っているわけではありません。
最大の同盟国だからこそ、むしろ諌めるべきだったという意見にも同意します。
しかし、覚悟も持たずにヘラヘラ平和を貪っておいて、結果論から過去の判断を偉そうに論評する卑怯な振る舞いだけは、絶対に許せません。


結局太田総理の言い分は、全てにおいて結果論からの逆算だけで、本当の意味での大義・正義はないのです。
以上が、本日の太田総理を見ていた私の感想です。

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